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<title>海竜の日記</title>
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<description>このブログは、管理人の大学生活やゲームプレイ日記などを書いています。</description>
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<title>腹の虫</title>
<description> 昨日は関西SLの活動で京都大学に行きました。大学は広く、講演会などのまじめなイベントが盛りだくさんでした。私達は、講演会は見ず、只管模擬店を回ってました。量も少なく高かったですが、いろいろなものが食べれて良かったです。まあ、高いことや量が少ないことにはつっこんではいけないわけですが。 それはさておき、明日友達がきます。題名の通り、腹の虫が治まらないのはその友達のことです。友達が来ることは大歓迎で、私
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<![CDATA[  昨日は関西SLの活動で京都大学に行きました。大学は広く、講演会などのまじめなイベントが盛りだくさんでした。<br />私達は、講演会は見ず、只管模擬店を回ってました。量も少なく高かったですが、いろいろなものが食べれて良かったです。まあ、高いことや量が少ないことにはつっこんではいけないわけですが。<br /> それはさておき、明日友達がきます。題名の通り、腹の虫が治まらないのはその友達のことです。<br />友達が来ることは大歓迎で、私もいろいろ楽しみたいと思っています。明日から金曜まで友達を泊めることになってますが、初めは先週の金曜に来て今週の水曜に帰るはずでした。<br />それで、友達は金曜と土曜と火曜に泊めてくれというから、二つ返事で了承し、そのつもりでいました。土曜からは父さんが来ることになっていたので、しかたがない、父さんには土曜は宿を取ってもらおうと思って父さんと母さんにそのことを言ったところ、すんなりとOKしてくれて、すごくありがたかったです。<br />ところが、1週間前になっても友達から連絡が来ない。それどころか、月曜になっても来ないので、いらいらして友達に予定のことを尋ねたところ、しばらく考えたみたいで、急に火曜から土曜まで来ることになりました。<br />その予定変更の理由が、大学の用事とかやむをえないものなら分かる、しかし変更の理由は誰も自分と会ってくれそうな人がいなかったから。さすがに頭にきて、すでに宿の予約を取った後だったから、友達にせめて20に来て22に帰るとかで21だけは泊まってとお願いしましたが、申し訳ないの一点張り。<br />さらに怒りが頂点に達して、24も断ってやろうかと思ったところが、そこで夢酔先生を思い出した。考えてみりゃあ、先生は地主の岡野家が金に困る度にその工面をしてやっていた、それに比べれば俺の問題なんぞ対したことねえやと思い直した。<br />そこで、友達に24からも泊まるところがなかったらいつでも泊めてやるよとメールを出した。しかし、友達はその返事を寄こさねえ。やっと、火曜くらいになって返事を寄こした。泊まるところが見つからないから全部の日に泊めてくれということだった。<br />しかたがないと思って承知したが、せめて、「ありがとう。決まりしだいメールする」、くらいの返事はほしかった。これで、友達の問題は落ち着いた。後は、両親にどう断りの電話を入れるかだ。<br />これには難儀した。友達が来ない理由を正直に言ってしまえば、その友達と両親の仲が悪くなるのは当然ながら、特に深く考えもせずに父さんに宿まで取らせた俺に叱責が来るのは目に見えていた。特に深く考えもせずに行動し、叱責を受けたことは何度もあったから、さすがに今回はやられたくなかった。それの解決法を思いついたのは、金曜のことだった。ふと、友達が大学でどうしてもやらなければならないことがあって来れなくなったということにすれば、やむをえない理由にもなるし、俺も怒られないだろうと思った。<br />案の定、母さんは最初若干不満そうな声を出したものの、祖の友達も本当に申し訳なく思っているということを伝えたら、あっさり宿のキャンセルに同意し、俺にお叱りはなかった。ほっとしたよ。<br />しかし、その友達が本当に申し訳なく思っているかは疑問だ。申し訳なく思っているなら、俺が24から先も泊めてあげるから良かったら声かけてと書いたメールに返事を寄こしてもいいはずだ。でも、そんなことは同でもいい。母さんに電話した後、自分の馬鹿さと気のよさに呆れ、思わず一人で笑ってしまった。<br />そして、その友達が泊まることを断った人は、長く泊まられるのは嫌だと思って断ったのだろうかと思い、その賢さを自分も身につけたいとも思った。いや、でもそれも考えてみたら、夢酔先生はそんな気持ちにはあまりならなかったのではないかと考え、俺はこのまま一生このキャラで行こうかとも思った。<br />そもそも、夢酔先生を目指そうとする俺が、1個や2個友達に裏切られたからといって、その友達を放り出すような真似をしてはならねえと思った。夢酔先生がおっしゃるように、困っているときに友達を助けてやれというのは難しいことだ。<br /> でも、現実問題で考えて、何も予定を組まずに人を頼るばかりなのはいけねえと思うよ。せめて、一つや二つ予定を組んで、その合間に懐かしい人と会い、宿も一泊や二泊くらいは友達を頼ってもいいだろうが、それ以上頼るのはどうなのかと思う。<br />家が大坂にあるのだから、そこから通って人に会ったりするのが筋じゃねえのか。友達は、家は嫌いだと言っている。だが、まさかもう家に帰ってくるなと言われているわけではないだろう。人にばかり頼るのはいけねえことだと思い、俺もこんなことにはならねえようにしようと思った。<br />これを明日友達に言おうかと考えているが、そもそもそのような感情を抱く時点で夢酔先生路線から外れてるような気がするし、でも先生が岡野家の金を工面するときは間違いなくこんな気持ちになっただろうかと考え、それでも頼られれば出て行っていろいろ問題を解決してやる先生の器はでかいと思い、俺も今回は水に流して、友達に今回思ったことを言うのがいいことなんじゃないかと思った。<br /> そんなことで、あした友達と会ったときに自分がどんな反応をするのか分かりません。今は腹の虫が治まっていますが、その友達を見たときに怒りが込み上げてくるか分からず、せめて友達の友達を巻き込むのは可愛そうだから、風呂に入っている間にでも友達に今のことを言えたらと思っています。<br />夢酔先生のようにしようとするのも大変なことです。 ]]>
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<dc:subject>雑記</dc:subject>
<dc:date>2009-11-23T23:36:22+09:00</dc:date>
<dc:creator>海竜</dc:creator>
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<title>ネタもなし</title>
<description> 最近は更新するネタが特にないです。夢酔独言を読んで思ったことは書いてしまったし、拙いながらも夢酔先生がどんな人だったか詳しく紹介できたと思います。只管先生への熱中ぶりを書いてもいいですが、独言を読む前に書いていたことと同じになってしまうので、それに後は自分の中で熱をあげていればいい話だと思うから、ここには書かずに自分の中で妄想に浸っていることにしたいと思っています。そういえば、独言の感想、当初は2
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<![CDATA[  最近は更新するネタが特にないです。夢酔独言を読んで思ったことは書いてしまったし、拙いながらも夢酔先生がどんな人だったか詳しく紹介できたと思います。<br />只管先生への熱中ぶりを書いてもいいですが、独言を読む前に書いていたことと同じになってしまうので、それに後は自分の中で熱をあげていればいい話だと思うから、ここには書かずに自分の中で妄想に浸っていることにしたいと思っています。<br />そういえば、独言の感想、当初は2回から3回に分けて書こうと思ってましたが、気づいてみたら5回になってました。2回を越えた時点で、何回で終わらせるか考えましたが、再審記事の表示件数は5件だから、書き終わった時点でトップに表示される記事すべてが独言の感想になればいいなあと思って5回に分けて書くことにしました。<br />あれは、読んだ感想を包み隠さず書けたと思っているので、自分の中ではかなり満足です。<br /> 学祭も終わり、もう1年中でめぼしい行事もないんでしょうね。今週の日曜は関西SLで京都大学の学祭を見に行き、12月には赤トンボの活動に参加する、決して楽しい行事がないわけではないですが、自分の大学の中ではもう後は試験に向けて突き進むのみなんだなあと、今ふと思いました。<br />外はだんだん冬に向かって進んで行き、服装も厚手のものを着始めました。京都の冬は、寒さ的には東京と変わらないような感じですが、雪が東京より多いので、そこが多少気になります。<br />雪が降ると点字ブロックが埋もれてしまい、ブロックなしでも歩けますが、やっぱりブロックがあったほうが歩きやすいので、そこが冬の嫌なところです。そういえばあのブロック、車椅子使用者には邪魔になることもあるんでしょうね。盲人はあれがあれば歩きやすいが車椅子には邪魔になる、障害者が住みやすいようにするにもいろいろ大変ですね。<br />今まで車椅子の人とかそんな意識しませんでしたが、大学で車椅子の人と触れ合うようになり、もし俺が交通事故かなんかで車椅子になったら、ただでさえ見えないのでもう外になんか出られないんじゃないかと考えたり、車椅子の人が電車に乗るときに使う段をなくすやつが、自分達にとっても便利だなあと思ったり、それに関連して、どこかの路線かは忘れましたが、ホームに団をなくすやつが設置されていて、あれは便利だと思ったり、最近福祉関係の授業を多くとっていて、障害が重ければ重いほどその人自身や周りの人が辛い思いをしているんだと思ったり、考えてみりゃ、俺は特に苦労をせずに育ったんだなあと思ったり、いろいろなことを思っています。<br />う～ん、やっぱり歩くスピード落とそうかな。この前、食堂にかばんを忘れ、もうすぐ授業が始まるので急いで取ってこようと思い、雨の中を食堂に向かって駆け出したら、途中傘をさして歩いている人にぶつかって、普段歩いているときは白杖で人を引っ掛けても誤りませんが、そのときはさすがに申し訳なく思いました。まあ、結局誤らず、相手が誤ってきて、（よし、誤ったぜ）みたいなことを思って懲りずに走りましたが、大学内だから若い人にしか会いませんが、外でお年寄りを引っ掛けて文句を言われたら何も言えねえなあと思い、やっぱり歩くスピードを落とそうかとも思いますが、でも俺は気が短いからそんなの無理だとも思います。<br /> ああ、そういえば、関西SL、前回遅刻したんだっけ。今回、集合時間がまだ未定ですが、もうすぐ活動日になるので、そのうち決まるでしょう。また、1時間くらい遅刻しようかな。それとも、今度は2時間にしようかな。なんてのは冗談ですが、というか、前回の遅刻も感が当たったというだけで、わざと遅刻したわけではないですが、今回は遅刻しないで行きます。<br />今週から来週にかけて、いつも通り授業は実施されますが、父さんや友達が来て、それなりに忙しくなりそうです。なので、今回みたいな何を書きたいのか分からない記事はしばらくないと思います。<br />これ以上ぐたぐた書いてもしかたないので、この記事はこれで終わります。皆さん、ありがとうございました。 ]]>
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<dc:subject>雑記</dc:subject>
<dc:date>2009-11-19T17:09:11+09:00</dc:date>
<dc:creator>海竜</dc:creator>
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<title>学園祭</title>
<description> 私が夢酔独言の感想を5回にわたって書いている間に、いろいろなことがありました。まずは木曜、1時間目の歴史学演習の授業で発表をしました。担当の先生が東洋史の先生で、中国の各時代で重要なことをレジュメにまとめて発表するというもので、本来私の締め切りは2・3週間ほど前でしたが、調べるときに具体的にどのような方法でやればいいのか、使う辞書の使い心地はいいか、そんなことを先生と話しながらやっていたので、レジュメ
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<![CDATA[  私が夢酔独言の感想を5回にわたって書いている間に、いろいろなことがありました。<br />まずは木曜、1時間目の歴史学演習の授業で発表をしました。担当の先生が東洋史の先生で、中国の各時代で重要なことをレジュメにまとめて発表するというもので、本来私の締め切りは2・3週間ほど前でしたが、調べるときに具体的にどのような方法でやればいいのか、使う辞書の使い心地はいいか、そんなことを先生と話しながらやっていたので、レジュメを出したのが先週の木曜あたりでしたが、無事皆に行き渡って発表することができました。<br />発表のときは対外緊張するものでしたが、夢酔先生を思い出すと、たかが2・30人の前で発表するレジュメごときで緊張するのが馬鹿らしくなり、リラックスすることができました。終わった後、心の中の先生に手を合わせ、無事できたことに感謝しました。<br /> その翌日、サークルで事件が持ち上がりました。一人の部員がこの時期にも関わらず退部すると言い出しました。その部員は、日ごろからサークルの皆が積極的に行動しないことに不満を感じていたらしく、今自分が辞めることによって少しでもメンバーを苦しませてやろうという魂胆だったそうです。<br />知らせを聞いたとき、言いようのない怒りが押し寄せてきて、メーリスに精一杯の皮肉を込めて、｢大変なことになりましたねえ。これからシフトとか改めて組みなおさなければならなくなりましたねえ」と送りました。しかも、そのメールの後にもう一人の部員が、｢君達、辞めるんだからお疲れ様の言葉くらいかけてやれよ」と送ってきたから、私の怒りは頂点に達して、よほどその部員とメールで言い争ってやろうと思いましたが、メーリスなので関係のない他の人まで巻き込まれると可愛そうだと思い、何とか抑えましたが、その後も二人になったときに思いっきり挑発して傷つけてやろうと思いました。<br />そりゃあ、その人の気持ちも分かる。5年もサークルにいた人ですからその苦労に言葉一つでもかけて感謝の一端を表せればいいとは思います。それに、今まで何かとお世話にもなり、一緒に酒など飲み交わしたので、お疲れ様会でも開いて苦労に感謝でもできれば、これに勝る喜びはないとも思うよ。でも、辞めた時期がよりにもよって皆が忙しい時期で、自分は特にその人に悪いことをした記憶もないのに一方的に見捨てられたような感じがして、そんなことされちゃあこっちだって腹が立つわな。<br />結局、翌日になって皆で説得し、とりあえず学祭が終わるまではいてくれることになったけど、ほっとしたなあ。でも、労いの言葉をかけてやれと言った部員への怒りは収まらず、その日は話しかけられても最低限の口しか聞かなかった。<br /> そんな騒動もひと段落、昨日と今日学祭が開かれました。点訳サークルは点字についての歴史や部員の思いを展示することにしていましたが、最初は客の集まりがあまりよくなかったです。<br />文化祭のときの展示はそこそこ人が集まっていたような気がして、学祭は文化祭より規模が大きいからもっと人が集まると思ってましたが、意外と集まってなくてびっくりしました。<br />昼からは皆で呼び込みをしましたが、やっぱりというかなんというか、そんなに効果が上がったようには見えず、結局一日目はそのまま終わりました。<br />二日目は、なぜか最初からものすごく客が来ました。10時過ぎに子供づれの客が来ましたが、子供はやっぱり可愛い。いろいろ点字について聞かれたので、知っている限りのことを答え、ライオンと間違えずに打てていたのを褒め、いろいろと楽しい時間を過ごしました。<br />結局、二日合わせての合計入場者数は80人を越えたとのこと、しかも二日目は一日目の約2倍もいましたから、なぜだろうと疑問に思いました。<br /> 一方、直前になってようやく連絡が取れたグローバルスクエア（GS）はワッフルを売りましたが、食べ物系だけあって二日ともかなり売れました。一日目の夕方は殆ど客が来ませんでしたが、それでも二日合わせてかなりの数が売れました。<br />最終的に金のことをいろいろ話した結果、赤字ということにはなりましたが、皆で力を合わせてやったものが特に何のトラブルもなく終わって、これで皆と親しくなれたら嬉しいです。<br />他にも、牛丼や焼き饂飩、フランクフルトなどやってましたが、どれも売るのに必死でした。今日の終わり頃は、殆ど値下げしてたと思います。実際ワッフルも値下げしてましたし。<br /> さて、明日は片付けです。特に大きなことはないと思いますが、明後日から授業で気持ちよく仕えるようにしたいと思います。再来週の月曜は私もその教室を使うのでなおさらです。 ]]>
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<dc:subject>日常</dc:subject>
<dc:date>2009-11-15T23:53:05+09:00</dc:date>
<dc:creator>海竜</dc:creator>
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<title>夢酔独言を読んで⑤</title>
<description> 嘉永三((1850)年、夢酔先生は四十九年の生涯に幕を閉じました。独言の最後に、「俺は衣類は贅沢なものを着、うまいものは食放題に食ったし、小高の者にしては贅沢をした」と書いていますから、悔いのない一生を送り、死ぬときもすんなり旅立って行ったんだと思います。これを読み終わって、まず爽快な気分になりました。自分の一生を包み隠さず書き、後に「でも、今その生き方を振り返ってみると身の毛が弥立つようだ」とは書いて
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<![CDATA[  嘉永三((1850)年、夢酔先生は四十九年の生涯に幕を閉じました。<br />独言の最後に、「俺は衣類は贅沢なものを着、うまいものは食放題に食ったし、小高の者にしては贅沢をした」と書いていますから、悔いのない一生を送り、死ぬときもすんなり旅立って行ったんだと思います。これを読み終わって、まず爽快な気分になりました。<br />自分の一生を包み隠さず書き、後に「でも、今その生き方を振り返ってみると身の毛が弥立つようだ」とは書いていますが、直前の文があのような文のため、まったく自分の生涯に後悔をしていないんだと思います。先生が願っていたのは、ただただ子々孫々が俺のような馬鹿者になるなということだけだったんだと思います。<br /> 先生の一生は、町の親分のようなものでした。友人が困っていると金銭を惜しまずに援助してやり、喧嘩していれば仲裁し、人間関係に困っていれば修復してやる、しかも自伝を読む限り解決しないものはなかったんですから、先生が死んだとき多くの人が悲しんだと思います。<br />これは何度も書いたと思いますが、私はこの親分気質に惹かれました。一番好きなのが前々回に書いた金談の話ですが、それ以外の逸話にも男の理想像を感じました。また、そんな人だから息子に注ぐ愛情は並々ならぬものがあり、それもまたいいと思いました。要するに、私は先生のすべてに男としての理想を見ました。<br />だから、昔は小吉と呼び捨てにして呼んでいましたが、今では小吉なんて呼べません。友達に話すときも、只管夢酔先生と呼んでいます。<br /> さて、先生の持っていた親分気質がどこで磨かれたのか考えてみました。<br />そして、おそらく幼いときからの喧嘩と出奔が大きな役割を果たしているのではないかと思いました。この両方で悪人を見分ける力が付き、人の器を測る力も付いた。<br />独言の中に、岡野孫一郎の前の地主が代官を志願したとき、「あなたが代官を引き受けても5年は持たないからおやめなさい。もし5年持ったら生きてお目にかかることはない」と言って地主が代官を引き受けるのを諌めた話がありますが、その後その男は4年目で失敗してしまったことから、その人物眼は確かなものがあったと思います。<br />天性の人物眼もあったと思いますが、喧嘩をして得た人を見分ける力、出奔のときにした乞食暮らしの辛い体験がそれにプラスされて先生の人を見る目を構成したのだと思います。<br />悪人を見分ける力も同様で、喧嘩や、出奔のときに盗賊に金品を奪われ無一文になったことから付いた力だと思います。<br />また、喧嘩の仲裁も、自分が喧嘩ばかりしていたからそのやり方も他の人より詳しかったんだと思います。そして、元から正直者であったために、それらすべての才能がプラスされると、親分として慕わないわけにはいかなかったんだと思います。<br /> 私は、始め先生の行動は尊敬できないと思っていました。ですが、独言を読み終わってみると、先生のやった行動すべてが尊敬できるようになりました。<br />今では、尊敬もし、憧れているのは先生一人です。男として、先生の生き方に惚れました。私も、先生の器には遠く及ばないと思いますが、できる限り先生の生き方に近づけるような生き方をしたいです。<br />最後に、鶯谷庵独言の最後に書かれている歌を紹介して、長い長い夢酔独言を読んでの感想を終えたいと思います。<br /> 気は長く　心は広く　色薄く　勤めは硬く　身をばもつべし<br /> 学べただ　夕べになろう　道のべの　露の命の　明日消ゆるとも ]]>
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<dc:subject>雑記</dc:subject>
<dc:date>2009-11-13T23:12:57+09:00</dc:date>
<dc:creator>海竜</dc:creator>
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<title>夢酔独言を読んで④</title>
<description> 先生と麟太郎の話を書く前に、先生と妻のお信の話を一つ。これは、隠居する前のことです。先生がある女に惚れてしまいました。そして、先生がこのことを妻に言ったところ、「その女をもらってきてあげましょう」といいます。先生がありがたがって頼むと、「私に暇をください。女も武士の妻、万が一先方の挨拶が悪かったら私が自害してでももらってきてあげましょう」と言います。先生は妻に短刀を渡しそのまま遊びに出かけました。
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<![CDATA[  先生と麟太郎の話を書く前に、先生と妻のお信の話を一つ。<br />これは、隠居する前のことです。先生がある女に惚れてしまいました。そして、先生がこのことを妻に言ったところ、「その女をもらってきてあげましょう」といいます。先生がありがたがって頼むと、「私に暇をください。女も武士の妻、万が一先方の挨拶が悪かったら私が自害してでももらってきてあげましょう」と言います。先生は妻に短刀を渡しそのまま遊びに出かけました。<br />その後、一人の友達が、「女難の相が出ているが何かあったか」と聞くのでさっきのやり取りを話しました。その友達とはそのままで別れ、もう一人の友達に会いに行きました。<br />その友達も同じことを聞くので、やはり同じように話すと、「お前の奥方は貞女だ。その女を自分が死んででももらってくるつもりでいる。速く帰ってお停めなさい。そして、もっと奥方を大切に扱いなさい」と言うので、さすがに反省して家に飛んで帰りました。<br />すると、ちょうど妻が置手紙をして出るところでした。必死にわけを言って止め、とりあえずは何とかなりましたが、それ以後は妻を大切に扱ったそうです。それまでは、先生に叩かれぬ日々はなかったというから、相当乱暴に扱っていたんでしょうね。<br />しかし、独言が書かれた頃、妻は急に病身になり、あのようなことがあったからなのかと反省し、隠居様のようにさらに大切に扱っているということです。<br /> さて、麟太郎と先生の話。これは、麟太郎が九歳のときですから、先生も隠居する前の話になります。<br />麟太郎はこの頃、大奥に勤める知り合いの女中の斡旋で、将軍家慶の五男初之丞(後の一橋慶昌)の遊び相手として出資していました。ちょうど事件が起こったときは、暇をもらって読書の稽古に通っていました。<br />そんなある日、恵子に火曜道の途中、突然猟犬に金玉を食いちぎられました。幸い近くにいた八五郎という者に助けられ、その家に運ばれました。<br />先生はちょうど家で寝ていましたが、知らせを聞くと飛んでいきました。麟太郎の玉を見てみるとそれはもう酷い状態で、そのときに来ていた医者に「命は助かるか」と聞くと、「難しい「と答えるので、息子を叱り付け、正気に戻ったところを家につれて帰りました。<br />そこには、地主の岡野孫一郎が呼んだ医者が来ていて、医者に麟太郎の様子を見せると、手が震えだしたので、刀を麟太郎の寝ている畳に突き立てて強く励ましました。手術中、おそらく痛かったと思いますが、麟太郎はそのおかげで痛いとも何とも言わなかったそうです。<br />その後医者は、「助かるかどうかは今晩も分かりません」と言うので、家の人達はただ泣いてばかりいました。先生は、彼らに小言を言って叩き散らし、裸参りや水垢離など、できる限り麟太郎の回復を祈願しました。<br />そして、麟太郎を昼も夜も抱いて寝て、他の人には手を付けさせなかったそうです。そんな様子で、毎日毎日暴れ散らしていたので、近所の人達が、「今度越してきた剣術使いは息子を犬に食われて気が狂ったそうな」と言い合ったといいます。<br />麟太郎は一命を取り留め、七十日目に床を離れることができました。<br /> 読んだ後、ものすごく息子思いの先生に関心してしまいました。おそらく、息子が犬に噛まれたと聞いて半狂乱になったんでしょうね。そして、毎日毎日息子の回復を祈り続け、一日中抱いて寝て、必死に看病をしていました。<br />息子が床を離れることができたという記述の後に、「病人は看病が大事だよ」と書いていますが、まったくその通りですね。そんな先生ですから、後に麟太郎が仕えていた初之丞が早世し、麟太郎の出世がその道ではできなくなると、ものすごく気落ちして、もう何もかも手に付かない状態になったんだろうなあと思います。<br />そして、先生の死後、麟太郎が出世し、やがては江戸城無血開城の立役者となったときの先生の喜びようは、もうこの文に書くまでもないと思います。残念なのは、その業績を生きて見られなかったことですね。<br /> さて、独言にはまだまだ面白い話がありますが、書いていると、本文を全部ブログに貼り付けたほうがいい状態になるので、次の更新では自分が独言を読んで思ったことを書きたいと思います。 ]]>
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<dc:subject>雑記</dc:subject>
<dc:date>2009-11-11T21:36:44+09:00</dc:date>
<dc:creator>海竜</dc:creator>
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